現代花菖蒲事情

 現在の花菖蒲に、どのような動きがあるのかを簡単にまとめてみました。


よりカラフルに
 花菖蒲は、江戸時代の末にはこんにちの花とたいして変わらないまでに改良された植物で、もう改良されつくしてしまって、それほど新しい変化はないのではと考えている人も多いのですが、そんな心配をよそに、毎年たくさんの品種が生まれています。
 
 とくに最近では、いままでに全く見られなかった色彩を持つ花が多く登場しています。たとえばピンク系。すこし前までは淡い桜色のようなものばかりでしたが、今ではこれが花菖蒲かと思いたくなるほど華やかな濃いピンクの品種が数多く作出されるようになりました。「千姫桜」「火の舞」(写真)「紅 桜」など、この系統は、名古屋市に住んでおられる光田義男氏の長年の努力が実ったものです。ピンクと言うより「濃桃赤色」と呼んだ方がよく、ほとんどが極大輪の肥後系なので実に見ごたえがあります。しかしこの系統は性質の弱いものも多く、草丈もやや低めなので、この色彩を残し、草丈の高い丈夫な品種を作出することが今後の課題です。こんな濃い花色の花菖蒲が群れて咲くようになれば、花菖蒲園のイメージもだいぶ変わるでしょう。

 また、濃い紫色に鮮明な白い覆輪が入るタイプの花や、白に鮮明な紅や青い覆輪の入るタイプの花も最近数多くの品種が作られました。とくに「月の羽衣」のような、白地に青紫の覆輪が入る八重咲きは今までまったく見られなかったものです。

 花菖蒲とほかのアヤメ属の植物とを交配して出来た種間交配種にも、さまざまな品種が加わりました。キショウブとハナショウブを交配して出来た品種としては「愛知の輝」という品種が有名ですが、最近、白花の「小夜の月」や、海老茶色をした「稔の秋」(写真)などの品種が作り出されました。なかでも「金冠」という品種は、一般の花菖蒲とくらべても負けないくらいの大きさに咲き、草丈も高く葉も濃緑であることなど、すばらしい特質を持っています。この品種は繁殖も良いので、今後黄花花菖蒲の主流になっていくのではないかと思います。
 また、カキツバタとハナショウブの交配では「平成」や「新世紀」という品種が生まれました。これらはハナショウブとカキツバタのちょうど中間的なタイプで「カキツショウブ」とも呼ばれています。



花形も千差万別

 花菖蒲はジャーマンアイリスとは違って、こういう花形でなければいけないと言うような規格はありません。どんな花形でも良く、極大輪でも極小輪でもいいのです。また最近では、江戸や肥後、伊勢などの系統がお互いに交配されて、中間的な花形を持つ品種も多くなってきており、新しい花に限っては系統のこともそれほど重要ではなくなってきました。ただ、日本人が古来より培ってきた日本的な美意識と合致しなければならず、改良していくには長年多くの花を見ないと花形の善し悪しが飲み込めません。花形に規格がない分それはそれで難しいのです。

 一般的な三英咲や六英咲きのほかに、八重咲きや、変わり咲きなどが昔から見られます。また最近では、面白い花形を持った品種も生まれています。
 たとえば「五三の月」のような、花弁が5枚というとても個性的な奇花。花の上にまた花が付くという台咲き性の「加茂勝見」。最近の種苗会社の通販カタログでも人気の高い「宮の白菊」(写真)など、多彩な品種が作り出されてきています。しかし個性的であれば後はどうでもいいというわけではなく、そんな中にも品格があり、日本的な美しさを兼ね備えています。



極早咲きの改良
 極早咲き花菖蒲の育種は、1970年代頃から長野県辰野町在住の吉江清朗氏が数多くの作品を発表されました。「初 紅」、「八ヶ岳」、「諏訪御寮」など、これらの品種の登場で花菖蒲の開花期は確実に長くなり、それまで梅雨時の花というイメージが強かった花菖蒲が、5月下旬頃から見られるようになりました。その後この吉江氏作出の品種から、さらに多くの品種が作られ、5月上旬から咲き始める「八十八夜」という品種も生まれました。しかしこの系統も草丈が低いものが多く、花菖蒲園には今一つ向かないという理由から、こんにちでは草丈も高くかつ早咲きの品種の改良が進められています。「沿海州」という品種は、そんな中から作出されたものの一つで、ロシアのハバロフスク地方に自生するノハナショウブとの交配により生まれました。原種のノハナショウブに近い単純な花ですが、夏が短く寒くなるのも早いこの地方に自生するノハナショウブの特性が遺伝し、5月上旬から咲き始めるという極早咲きで、草丈も高い品種です。



古花の品種保存

 しかしこうしたなかで、「古花」と呼ばれ、古い時代に作出された品種の栽培が全国的に少なくなってきました。花菖蒲の古花とは、およそ江戸時代から明治時代末期頃までに作られた品種を指し、これに当てはまり、かつ現存しているものとして、江戸系では約150品種ほど、熊本種では満月会にて作られ、一般に紹介された品種のうち現存する30品種弱。伊勢系では松阪地方で古くから作られている50余種ほどが挙げられます。

 これらの品種は歴史のある花菖蒲園に保存されていることが多く、関東地方の花菖蒲園にはまだ多くの江戸系の古花が見られる所もあります。しかし、同時にこういった園ほど連作障害などで品種の維持管理が難しくなって来ています。
また、最近の新しい品種に比べいまひとつ地味で、お客さんたちのウケもいまひとつだし、性質が多少弱いものも多いので、ラベル落ちなどになってしまうと最新の品種に取って代わられ処分されてしまうケースもあるなど、まだまだこういった品種に対する認識が薄いのが現状です。

 しかしこれらの品種は、作り出されてから100年以上経つものも多く、すでに十分文化財的な価値もあるのです。例えば江戸っ子の心情がそのまま花に現れた江戸花菖蒲の古花は、まさしく江戸の生きた文化財なのです。そしてとくに花形の点では、こんにち作出される新花が及びもつかないほどに洗練され、非常に完成度の高い品種も多いのです。

 ここ10年前くらい前から、古花に対する再認識がさかんに叫ばれるようになり、最近ではこうした古花に関心を持つ人、積極的に保存する人も増えてきました。江戸花菖蒲の古花で、品種保存のシンボル的な花である菖翁花の「宇 宙」(写真)も、日本花菖蒲協会の会員の中では多くの方が持つようになりました。



これからの花菖蒲
 昨今のガーデニングブームのなかで、花菖蒲は個人で栽培して楽しむ花というよりも、花菖蒲園に見に行く花になりつつあります。しかし、そうしたなかで、熱心な育種家によって新しい品種がどんどん生まれるとともに、古い品種を大切に保存しようとする動きが見られるというのが今の花菖蒲界の状況です。と言っても中心になって活動している人はごくわずかなので、それほど大きな動きというわけでもありませんが…

 新しい花は今後も数多く作り出されてゆくことでしょう。鉢向きの豪華な大輪や今までに見られなかった新しいタイプのもの、また、丈夫で丈高く繁殖も良いという花菖蒲園向きの品種など、まだまだ様々な方向へ改良の余地が残されています。またそれとは逆に、絶種していると考えられていた古花や、めずらしいタイプの野生種が今後発見されるかもしれません。特に野生のノハナショウブの色変わりは、花菖蒲発達の謎をさぐる上でもたいへん興味深いものです。そんな花々に出会える6月は、忙しくてもやはり胸踊る季節です。


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